創立者 山本健造博士 紹介
        (1912.11.12〜2007.8.7)

 「・・・日本アルプスを東に遠望する風光絶佳の飛騨に福来友吉も私も生れました。 私は小学校五年生(10才)の時、神秘解明に憧れ、16才の時福来友吉著「透視と念写」を読み、私の神通体験と同じだと思うとともに、世俗の神秘という現象の奥には神秘という文字がいらない世界があるはずであると思い、その理論的解明と福来博士の名誉回復のために一生を捧げる決心をかためました。・・・」

 大正元年、飛騨・国府町(現高山市)に生まれる。

 少年時代から神秘現象を研究し、16才にして神通力を得る。 以来多くの難病者を救う。

 18才の時神通力の奥にひそむ六次元の原理を悟る。

 小学校卒業後、逆境の中で中学講義録や哲学講座を独学し、38才で大検をパス、42才で日大文理学部(哲学専攻)を通信で卒業。

 小中高校教員の免許状を11枚取得、高校倫理社会の教師を最後に 38年間の教員生活を退く。

 昭和31年、福来友吉博士記念館を高山市城山に建設。

 61才で高野山大学聴講生、62才で高野山大学院入学、64才で密教科修士科程卒業。

 飛騨福来心理学研究所創立
 問題青少年矯正治療等の長年の教育上の功績により、昭和58年3月、学術研究の財団法人として許可される。  (平成22年12月2日 一般財団法人に移行)

 昭和62年、アメリカの学会に招待され研究発表。

 平成11年、六次元弁証法が革新的な哲学として認められ、哲学の博士号を授かる。

 福来博士が1910年(明治43)に念写を発見したが、当時の日本の学界は神秘である為にインチキとして、東京帝国大学助教授の座から追放した。 山本健造は六次元弁証法を創唱し、70年間の努力により念写、透視、その他の神秘のメカニズムを解明する糸口を開き、福来博士の名誉を90年後に回復した。 この六次元弁証法が ガリレオ以来の世界観の革命 と認められ哲学博士の学位が贈られた。

 著書多数 (出版案内参照)