念写とは

念写の発見

 福来博士は変態心理学(〜催眠心理学)を研究する中 で能力者と透視の実験・研究をしました。

 未現像の写真原板の文字は透視できるかどうか試験して見ようと考えた福来博士は、文字を全く同一条件で 二枚写真撮影して、一つは未現像のまま厳重に密封し封印を捺して能力者の長尾夫人に送り、もう一つはすぐ現像して比較用として自宅に保存したのです。

 その透視は的中しましたが、現像して比較したところ、透視した方には薄い光が感光していたのです。

 福来博士は透視の際に精神力が感光したのでないかと思ったのです。 この推理が的中したのです。

 1910(明治43)年12月26日、福来博士が「心」という文字を紙に書き、それを写真乾板に写す 心づもりで念じて下さいと頼み、長尾夫人は暫くその文字を凝視してから瞑目して一心に念ずると、心という文字になりか けて流れたようなものが現われたのでした。

 これが世界最初の念写です。 福来博士の素晴らしい洞察力が念写を発見したのです。 
心の字を見つめて 写真乾板に念じた 心の字になりかけたような感光
 世界最初の念写

 念写こそ、心とは何か、生命とは何かを解き明かしていく端緒となる、ノーベル賞的大発見です!

 「心はエネル ギー(力)を持っている」 という大発見です!

 

念写の受難

 それが社会的常識とならなかったのは何故でしょうか・・・

 当時、透視や念写は学者等の立ち会いの下で公開実験が行われ、多くの新聞でも報道されて周知となりまし た。
 しかし、当時の偏狭な物理学者達は、物理法則で説明できない透視や念写を研究す るどころか、ろくに検証もせずに葬り去ったのです。

 透視能力者・御船千鶴子は実験のちょっとしたミスの揚げ足を取られて、物理学者により新 聞、雑誌等で手品だ、詐欺だと宣伝されて、憤慨して服毒自殺してしまいました。
 念写能力者・長尾郁子は、実験を失敗させようとした物理学者達の小細工を見破ったものの、ラジウムでインチキをしたと新聞で逆宣伝され て、憤怒のあまり高熱を出して病死してしまいました。

 その後、福来博士は念写能力者・高橋貞子を得て実験と研究を進め「透視と念写」を出版 し、透視も念写も事実であると反撃しました。
 しかし当時の学界や官界は唯物思想に圧せられており、大正2年、ついに福来博士は東京帝国大学を追放されてしまいました。 そして、福来心理学も教科書 から消えてしまったのです。

 今でも、科学で説明できない事は認めないという傾向が強いのです。
 その一方で、テレビは心霊現象を興味本位で取り上げ、先祖の祟りだの動物の霊障だのと迷信が広がり、多くの人々が騙されて被害を受けているのです。
 福来心理学が継続していれば、今の社会は犯罪も少なく、ずっと良くなっていたでしょう。

 今からでも遅くありません。 真摯に学び、研究して欲しいものです。

 

月の裏の念写

 1931(昭和6)年に福来博士の発案で、大 能力者・三田光一が人類の誰一人も見たことのない月の裏面を透視し念写しました。(左写真…上の白点が 地球

 しかし、当時はこれが本当に月の裏を見た物か、能力者の空想か、判断できませんでした。

 1959(昭和34)年にソ連がルナ3号で月裏面の写真を撮影したが、これは真裏でなかったので比較で きませんでした。

 米国の宇宙船(1969〜1972年)による写真から月球儀が作られた後、後藤以紀工学博士の計算によ り、念写と月球儀が31個の噴火口まで精密に一致することが証明されました。

 じつに、ロケットが飛ぶより28年も前に、 月の裏面を透視して念写していたのです!

 

 

念写の応用=心の力 で病癖を治す

 念写とは、心の中で一心不乱に「写れー!」と 念じた観念が、写真用の乾板に感光現象を起こすことです。

 これを応用して 、心の中で一心に「治 れー!」と念じると、生命エネルギーが病人に感応して、病気が治ったり改善されたりするのです。

 念写の真相を究明してゆくと、唯心的迷信でもなく、唯物的生理学・医学でもなく、真の生命の姿を悟り得 るのです。

 新興宗教家の如く医学を排斥することなく、現代科学と協調してゆくのです。 一切の迷信を打破する立場 が福来博士です。

 この立場に立って見ると精神統一の妙境に入ることができ、自分は勿論、家族の病や悪癖をどんどん治療で きます。

 (21世紀の医療参照)